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CINE ESSAY シネエッセイ 
ジャック・ドゥミとクリストフ・オノレ監督
そして、特集上映「ドゥミとヴァルダ、幸福(しあわせ)についての5つの物語』
のこと                    Text by NorikoYamashita


じつはジャック・ドゥミの大ファンだった
『美しい人』のクリストフ・オノレ監督

■2009年だからもう8年も前になる。いまは東京・有楽町を主会場に開催されている「フランス映画祭」が、初期の横浜から六本木に会場を移して行われていたときのことだ。
かの「カイエ・デュ・シネマ」誌への寄稿を経て映画監督になったという、ある意味フランス映画界のエリートコースを歩むクリストフ・オノレ監督にインタビューする機会が巡ってきた。カイエ・デュ・シネマ~の監督というと、トリュフォーやゴダールをどうしても思い浮かべてしまうでしょう。

■それはべつにして彼に興味を持ったのは、イザベル・ユペール×ルイ・ガレル共演で撮った日本での監督お披露目作『ジョルジュ・バタイユ ママン』(04年)が危険なにおいを放ちしかもスタイリッシュな作品だったから。とても気になった。
おまけに監督デビュー作『17 FOIS CECILE CASSARD』(02年)をチェックしてみると、これまた『ベティ・ブルー』のベアトリス・ダル×ロマン・デュリス×ジャンヌ・バリバールというツボなメンツだった。結局こちらは本邦未公開のままいまだ見ることはできていないが、気になる監督リストに入れたい要素がこの時点ですでに満載だったのだ。

■ところが当日の取材間際に映画祭宣伝担当氏から思わぬアドバイス(?)を受けた。本人かなり神経質な人でピリピリしており、あまり芳しくない事態も現場で生じているという、だから気をつけてというのだ。しかしそう言われても…。どうやら同じような質問にうんざりということらしい。
この年、オノレ監督が映画祭に携えてきたのはレア・セドゥ×ルイ・ガレル共演の『美しい人』(08年)だった。どうやら注目の新人女優レア・セドゥに関して質問が集中してしまったらしい。どうしたものか。写真も1枚しか撮らせないという。

      写真:クリストフ・オノレ監督 (c)NorikoYamashita

■ホテルの取材部屋に入ると、そこにはなかなかのイケメン青年が座っていた。着ている洋服もよく見るとけっこうおしゃれ。でもまた同じこと聞くのかいと言いたげな浮かない顔をしていた。
ちょっとビビリながら、それでも『ジョルジュ・バタイユ ママン』を紹介した時の記事やら、カトリーヌ・ドヌーヴやジェーン・バーキンが載った、作ったばかりの雑誌などを見せて話の糸口を探っていると、話題は思わぬ方向に。じつはオノレ監督はかなりのジャック・ドゥミ・ファン、『シェルブールの雨傘』ファンだったのだ。しかも『美しい人』の次に撮った『愛のあしあと』(11年)は、カトリーヌ・ドヌーヴとキアラ・マストロヤンニの母娘共演によるミュージカルだった。おそらくこのときすでに制作は始まっていたに違いない。持参した雑誌にはドヌーヴのほかに赤ちゃんの頃のキアラも載っていて、すごく楽しそうに見てくれたのはそのせいだったのだ。

でもシェルブールの雨傘では世代が違うんじゃないですか?と突っ込みを入れてみると、それはそうだよ、ボクは若いんだからと言わんばかり。じつは彼のおばあちゃんがドゥミの初期の作品が好きで、よく一緒に隣町(たしかドゥミの生まれ故郷ナントだったような)の映画館まで見に行っているうちに、自分もファンになったという。
だが彼がパリに出たときドゥミはすでに亡く、けっきょく会うことは叶わなかったということもしみじみと話してくれた。おそらくドゥミの影響もあってオノレ監督はミュージカル三部作というのを作った。『LES CHANSONS D'AMOUR』『美しい人』『愛のあしあと』。えっ?『美しい人』もミュージカル?たしかに主人公のひとりオットーが歩きながら歌うシーンはあったけれど、でも歌うのは一曲だけ。するとオノレ監督は少しはにかみながら答えてくれた。全編に音楽を入れるのはすごくお金がかかるのだと。だからこれが自分にとってのミュージカル三部作だと。


■『シェルブールの雨傘』を“大嫌い”と言い切った男子に過去にふたりほど出会ったことがある。大好きか大嫌い。中途半端な感想はこの映画には不要だ。
ジャック・ドゥミとミシェル・ルグランの才能が見事に交差して55年近く前に誕生したフランス映画の名作。ふつうに会話していた人たちが突然歌いだすミュージカルの常とは違って、最初から最後まで歌で構成されているそのスタイルは、ミュージカルとしては異色でオペラにも近い。だがもちろんオペラではない。ロマンチックだけれど甘くなく、特異で異端だけれど普遍性もある。

ガソリンスタンドで働く青年ギイはアルジェリア戦争のために徴兵され、恋人のジュヌヴィエーヴ(ドヌーヴ)を故郷の港町シェルブールに残したまま戦地に赴く。ひとり残されたジュヌヴィエーヴはまだ二十歳そこそこ。そこに宝石商のカサールが現れて心は揺れる。カサールにもかつてローラという忘れがたい女性がいて…。
『シェルブールの雨傘』の布石となった『ローラ』を初めて見ることができたのは、存在を知ってから何十年も経ってのことだった。ああ、これがあの『ローラ』か、と思った。
2度目のローラ体験はそれからまた時を経て、昨年2016年のフランス映画祭で。最初に見たときにくらべて少し余裕があり発見もあった。
いちばんの発見はベートーヴェンの交響曲第7番がかなり印象的に使われていたこと。





写真上:3点とも『ローラ』 (c) mathieu demy 2000


ベートーヴェンの7番は近年、まるでブームのようにいろんな映画で使われてきた。それがもう半世紀以上も前にドゥミの『ローラ』で使われていたとは。ルグランが音楽担当としてクレジットされているが、ベートーヴェンのほかにバッハやモーツァルトなどほかのクラシック音楽も多用されていて、そのなかでも強烈な印象を残すのがベートーヴェンの7番。そのことはつい最近、3度目のローラ体験で再確認した。

■『ローラ』をはじめ『天使の入江』、ドゥミ夫人アニエス・ヴァルダ監督の『ジャック・ドゥミの少年期』、同『5時から7時までのクレオ』、同『幸福~しあわせ~』の5作品が、「ドゥミとヴァルダ、幸福(しあわせ)についての5つの物語」として7月22日(土)から渋谷のシアター・イメージフォーラムほかで順次公開中だ。

日本初公開の『天使の入江』は1961年の『ローラ』と64年の『シェルブールの雨傘』のあいだ、63年につくられている。主演はジャンヌ・モロー。出世作となったルイ・マル監督の『死刑台のエレベーター』から6年。この間にモローは、ロジェ・ヴァディムの『危険な関係』やピーター・ブルックの『雨のしのび逢い』、フランソワ・トリュフォーの『突然炎のごとく』、ルイス・ブニュエル『小間使いの日記』など、ヌーヴェルヴァーグの監督に限らず重要作家の作品に軒並み出演して絶好調だった。その彼女をドゥミはどう扱ったのか。『天使の入江』を含めてファムファタール的な役柄が多いが、ほかの作家のモローとはまた少し違う印象を持った。

■ところで今年、ひとりの青年監督が大変な脚光を浴びた。1作目の『セッションズ』で大注目され、2作目のミュージカル『ラ・ラ・ランド』が大ヒットしたデイミアン・チャゼル監督だ。彼はかなりのミュージカル・オタクらしく、『ラ・ラ・ランド』でもいろんなミュージカル作品の影響が散見できたけれど、愛し合ったもの同士が結局それぞれの道を歩んで幸せを見つけてゆくあのエンディング。これって『シェルブールの雨傘』でしょう、と思ったのは筆者だけだろうか。

(2017年7月22日 記)

写真上:2点とも『天使の入江』 (c) ciné tamaris 1994


特集上映「ドゥミとヴァルダ、幸福(しあわせ)についての5つの物語」

7月22日(土)~渋谷・シアター・イメージフォーラム他順次公開中 配給:ザジフィルムズ

●ローラ 
監督/脚本:ジャック・ドゥミ 出演:アヌーク・エメ/マルク・ミシェル 
1961年仏国(88分) 原題:LOLA

●天使の入江 
監督/脚本:ジャック・ドゥミ 出演:ジャンヌ・モロー/クロード・マン 
1963年仏国(85分) 原題:LA BAIE DES ANGES 

●ジャック・ドゥミの少年期 
監督/脚本:アニエス・ヴァルダ 出演:ジャック・ドゥミ 
1991年仏国(120分) 原題:JACQUOT DE NANTES 

●5時から7時までのクレオ 
監督/脚本:アニエス・ヴァルダ 出演:コリーヌ・マルシャン 
1961年仏国=伊国(88分) 原題:CLEO DE 5 A 7

●幸福(しあわせ) 
監督/脚本:アニエス・ヴァルダ 出演:ジャン=クロード・ドルオー 
1964年仏国(80分) 原題:LE BONHEUR

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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